北海道で活動しているスポーツ団体「Hokkaido Adaptive Sports(HAS)」の車いすバスケットチームは、今年3月の天皇杯選手権に出場した勢いのあるチームだ。キャプテンとしてチームを北海道予選優勝に貢献したのは、名越沙奈さん(27)。沙奈さん自身に障害はないが、チームには二分脊椎(にぶんせきつい)という重い先天性疾患を抱えながらプレーする妹の麻奈さん(22)がいる。天皇杯に向け選手たちが練習に励もうとする中、「事件」が起きたのは昨年11月のことだった。「もう嫌になりました」との言葉を残し、沙奈さんが練習に顔を出さなくなったのだ。障害を持つ妹の姉として、そしてキャプテンとして奮闘してきた彼女に、一体何があったのか。
車いすバスケットボールは、車いすに乗っていればだれもが一緒にプレーできるスポーツだ。2022年に結成されたHASの登録選手は12人。うち8人は何らかの障害をもっている。元日本代表の石川丈則さんや、パラリンピックアルペンスキー金メダリストの狩野亮さんが在籍する一方で、10代から20代の若い選手7人はみな未経験者だ。
健常者の沙奈さんが競技を始めるきっかけとなったのが、車いすバスケをやっていた妹・麻奈さんの存在だった。練習をしていた麻奈さんを車で迎えに行った日のこと。HAS代表で、監督兼選手の齊藤雄大さん(37)から声をかけられた。
「お姉ちゃん、車いすに乗ってディフェンスやって」
こうして沙奈さんは、妹の練習相手として車いすバスケを始めることになった。障害を持つ妹には、それまで何をやっても負けることはなかった。それなのに、車いすに乗った途端、立場が逆転した。何度立ち向かってもあっという間に脇をすり抜けられ、まったく歯が立たない。沙奈さんの負けず嫌いな性格に火がついた。
バスケットボールは、体育の授業でやったことがあるだけの素人。それでも他の若いメンバーの中に経験者がいなかったので、話し合いでキャプテンに選ばれた。
「沙奈が一番車いすバスケを楽しそうにやっていたし、新しいチームだったので中途半端な気持ちではチームが続かない。みんなにやろうと言えるのは沙奈だけだったと思う」と齊藤さんは振り返る。
沙奈さんが4歳のときに、麻奈さんが生まれた。心待ちにしていた妹は、重度の障害を持って生まれてきた。歩くことができず、ずっと車いすで生活してきた。沙奈さんはそんな妹をこう見ている。
「子どもの頃から、たまたま歩けないだけで、普通のきょうだいだと思っています。口げんかもしますし。障害があってもなくても同じだと思ってる」
沙奈さんは、北広島市の実家で両親や妹と暮らしている。専門学校を卒業後、札幌市内の婦人科クリニックで医療事務員として働く。練習は基本的に週末なので、仕事以外の時間のほとんどを妹とともにHASの活動に割いている。
HASで子どもたちを指導する真駒内養護学校の中山慶一教諭は、そんな沙奈さんの姿をこう見ている。
「家族が支えるということが当たり前すぎて、自分がやりたくてそこにいるのか、妹のためにそこにいるのか本人がわからないくらい、当たり前の日常になっているんだと思います」
◯「きょうだい児」という立場
「きょうだい児」という言葉がある。障害のある子どもの兄弟姉妹のことを指す。英語ではシャドウ・チャイルド=影に隠れた子どもと表現される。障害のある子どもがいる家庭では、親の時間や関心が、どうしてもその子のサポートに割かれることが多いからだ。
きょうだい児たちは親に負担をかけまいと、自分のことを後回しにしながら成長する傾向がある。自分の人生を自分で決められないことや、結婚や親が亡くなった後のことに不安を感じる人も少なくない。
沙奈さんは自分自身のことをどう思っているのだろうか。「きょうだい児といわれることもあると思うんですけど、別に何とも思わなかった」
ただ、齊藤さんの見方は少し違う。練習中でも自分や周りの選手たちのことよりも、妹に厳しい言葉を投げかけ、成長させようとする姿を見てきたからだ。
そんな沙奈さんに対して、齊藤さんはこんな思いを持っている。「妹のために生きるのはダメ。社会では妹をサポートするやさしいお姉ちゃんとして見られるかもしれないけど、スポーツは公平なもの。お姉ちゃんとしてではなく、1人の人間、1人の選手としてコートに来てほしい」